ディプレッションからの大脱走

ディプレッションから逃げている男の日記です。でも、きっと生きていればいいことあるよ♪

もっと色々できたであろう、20代にうつ病になったことによる恨みつらみ

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イナホです。

 

掲題のままですが、うつ病への恨みつらみを込めて、失ったものを書きたいと思います。

 

最初に言っておきますが、他人のせいにするつもりはございません。本当にやり場のない思いといったところです。

 

また、うつ病で失ったものはあると思いますが、私生活全体ではその間、妻と子どもを授かりました。こればかりは、本当に感謝です。もちろん、うつ病に対してではないですが。

 

収入

「休職中の収入+働き続けたらスキルアップして上がったであろう収入分」は確実に失っていると思います。

 

休職中の収入については、実際には傷病手当金でうち何割かはカバーされます。また、働き続けていたら自分がどのくらいスキルが身について、収入アップしたであろうかは、仮定の話で算出不可能です。

 

元々私は、肩書や人の上に立つことにはほとんど興味はないですし、働き続けたとしても、もしかしたら収入が増えていた分はゼロかもしれませんが。

 

ただ、ハッキリしていることは、この10年間うつ病に苦しんで、そのたびにキャリアが断絶していたという事実です。

 

「継続は力なり」という言葉がありますが、私の場合は継続できなかったからこそ、この言葉の重みを感じるように思います。

 

時間

「時は金なり」という言葉もあるので、収入についても「時間」に包摂されるものだと思いますが、今度はうつ病中の時間に焦点を当てます。

 

最もうつ病が重傷だったのは初めての時で、6ヵ月くらい自宅療養を強いられました。

 

その頃は実家にいましたが、自宅で何もできず、何も考えられないのに、意味もなく早く朝目が覚めてしまいます。ボーっとした後、世の中が動き始めた時間くらいに、また布団に入ってうつろうつろ…という状態です。

 

午後くらいになって、ほんのわずかに思考回路が動くようになると、また絶望的な想念が浮かぶ時間が流れます。

 

本などは読むことが出来ないので、ネットで昔の友人・知人は何をやっているんだろうかと適当に検索したりします。

 

元気そうな彼らが出てきたりすると、一方で世の中が活発に動いている一日の午後に、何もできずにボーっとしているしかない自分を、どうしても対比してしまいます。

 

悲しい、悔しい、情けない…私はいったい何をしているんだと、絶望的な気分になる時間です。

 

そんな時間を、うつ病にはならずに過ごせたら、もっと色々、たくさんの経験ができたのになぁと思います。

 

私はその後も何回か自宅療養を経験していますが、その度ごとに軽症の段階で体がダウンするようなプログラムが体にセットされたのか、今ではさほど重症化はしません。でも、その度ごとに「またか…」と、一番最初の経験した絶望的な時間が思い起こされます。

 

20代から、最も精力的に色々経験し、楽しめたであろう10年間の時間は、うつ病とのお付き合いの時間でした。でも、もうお別れの時間です。さようなら。