ディプレッションからの大脱走

ディプレッションから逃げている男の日記です。でも、きっと生きていればいいことあるよ♪

「うつ病になった人間である」というフィルターを外していこう

イナホです。

 

昨日は、自身のことを「落ちこぼれ」なぞと書いてしまいました。

 

もう削除しましたが、自分でそんなことを書くとめっちゃへこみます。そう思っている部分は、無きにしもあらずですが。

 

昨日は天気が悪かったうえ、家にずっといたので悶々としてしまったようです。

 

まだちょっと、うつの波が大きく来る時があるようです。

 

これからはちょっと虚勢をはって無理やりでも、明るい気持ちで行こうと思います。また、それが自分に必要なことだとも思っていますし。

 

突然、目に飛び込んできた看板から

さて、今日は朝、コワーキングスペースに向かう途中に見つけた看板についてです。

 

f:id:INAHO1:20181030105117j:plain

 

誰が書いて誰が設置したのか、全くわからない、「1期4年 市長退職金 三〇〇〇万円不要!」とだけ書かれた看板です。

 

ただ、普段であれば、「わざわざこれだけの主張がしたくて、お金と手間をかける心境がよくわからないなぁ」と思うだけで、スルーしてしまうと思います。

 

しかし、これを見た今日が普段と違うのは、この看板に出会った前後の文脈です。

 

つい先日の日曜日が、新潟市長選挙の投開票日だったのです。

 

つまり、前市長が退任するタイミングでこれを見せられたから、なんだかこの看板が生き生きして見えてしまったのですね。

 

「あなたわかってる?市長ってのは実績があろうがなかろうが、退職したら3,000万円ももらえるようになっているんだぞ。」

 

冷静に3,000万円が高いかどうかは、わかりません。庶民感覚では3,000万円は膨大な金額ではありますが、相応の実績のある人でしたら、べつに良いのではないかとも思います。

 

その是非は置いておいて、この看板の件で気付かされたのは、「物事を自分に関係あるものとして認知するのには、自分の精神状態や置かれた状況にも大きく左右されるのだな」ということです。

 

別の言い方をすれば、「自分が認知する物事は、自分の精神状態や置かれた状況で予めフィルタリングをした結果のものである」とのことだと思います。

 

今回は、市長選挙で実際に投票に行ったという状況が私にはあったわけで、そこで目にした、この普段はフィルターに引っかかって見えないような看板が、今回はフィルターを通過して私の脳裏に飛び込んできた。

 

そう考えると、自分の物の見方は多分に恣意的なんですね。無意識に、自分に都合の良いものだけ勝手に拾って物事を見ている。

 

これはおそらく、私の場合のうつ病にも言えて、「うつ病になった人間である」というフィルターがあるので、暗い物事ばかり私の目や耳には入ってきます。恐らくそういう物事しか、認識していないです。

 

この、「うつ病になった人間である」というフィルターを外せば、もっと楽しかったり生き生きと感じられる物事を認識できるようになる気がします。

 

今のところ、それが目標です。