ディプレッションからの大脱走

ディプレッションから逃げている男の日記です。でも、きっと生きていればいいことあるよ♪

実は、昨日がサラリーマン生活最後の日でした

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イナホです。

 

掲題のままですが、昨日がサラリーマン生活最後の日でした。

 

で、昨日はこちらのブログにも思いっきり書こうかと思ったんですが、もうなんだか疲れ果ててしまい、そそくさと寝ることに。

 

また、じゃあ今日思いっきり書こうかと思ったんですが…というところです。

 

クラウドワークスで本格的に始めてみた

「本格的に」とありますが、以前はちょこちょこ、実はクラウドワークスでやっていたことがあり、その実績があるためか、何件か仕事はゲットしています。

 

「クラウドワークスじゃ稼げないよ」なんていう声はよく耳にしますが、戦略的にこれからもこの方法で行くかは別にして、今は私はこれしかできないわけです。

 

私自身だって、安いよなぁと思います。でも、だからって何もしないよりは、何かやっていた方がいいに決まっています。

 

それに、なんかいきなり難しいネタを選んでしまい、初っ端からつまづきました。本当は今日、そのネタの五千文字の話を書いて終わろうと思ったのですが、もうあきらめたのでこのブログに移動して書いているわけです。

 

でも、一日一日頑張ればよいわけですので、また明日ですね。

 

社会の歯車から降りた?感想

今の私の状態を言えば、初めて自分から、社会を動かす歯車から降りた感じです。

 

これまで私の中では、この「歯車」を端的に表しているものは、サラリーマン像だったと思います。

 

もちろん、これまでも転職の際に一時的に、形式上は今と同じように、無職になったことはありました(今は無職ではなくライターだけれど)。でも、私自身はサラリーマン=歯車であるべきだと思っていたし、また戻ろうとしていました。そして実際に戻っていました。

 

それが、今回はもう自分から無理なんだと観念して、降りたわけです。

 

すると、どうでしょうか。私自身は、サラリーマン時代には長らく失っていた喜びや、季節や時間の移り変わりの流れなどが、きっと感じられるようになると思っています。また、そうしたいです。改めて、うつ病よさらばですね。

 

この辺りは、自分の感覚なのでなかなか説明することは難しいし、うつ病とは無縁の人には余計にわからない感覚かもしれません。

 

また、本当はサラリーマンじゃなくたって、社会の歯車にはなれますし、実際にそういう人は無数にいるはずです。ただ、これまでそういう当たり前のことにも気付かせてくれないくらい、私の固定観念(社会の歯車=サラリーマン)は強固なものでした。

 

出来ることを精一杯やりたいだけ

また、サラリーマン時代は、ハッキリ言ってうつ病になったことを恥じてもいましたし、思い出したくもないし人になんか言いたくないものでした。

 

もちろんこのブログはペンネームですし、実名をオープンにしてわざわざ「私はうつ病です」なんて言う勇気はないですが(それに、ただのそんな話に需要があるとは思えない)。

 

ただ今回は、そこを認めるところからスタートしています。

 

私はうつ病になりましたし、私にはで出来ることと出来ないことがあることを知りました(あくまで私の話であって、すべてのうつ病の人がサラリーマンは出来ないよと言いたいわけではないです)。

 

これまではどうしても出来ないことを頑張っていたけれど、これからは出来ることを精一杯やりたいなと思っています。後のことは知りません。

 

ただ少なくとも、なんか世の中の役に立っているなっていう実感を持てるように、いつかなっていたいですね。